2009年11月20日公開の映画『イングロリアス・バスターズ』
タランティーノ初の興行収入3億ドル越えを達成した7作目の監督映画『イングロリアス・バスターズ』。10年以上掛けて執筆したという脚本は、かねてからハリウッドでは伝説と言われて話題だったそうです。ブラッド・ピット、クリストフ・ヴァルツら新しい仲間を迎えての超大作は、アカデミー賞8部門ノミネート、クリストフ・ヴァルツが見事助演男優賞を受賞しました。
この記事では、映画『イングロリアス・バスターズ』で流れた音楽26曲をシーン毎にご紹介します!
『イングロリアス・バスターズ』で流れた曲とは?
オープニングシーン
Nick Perito - The Green Leaves of Summer
『イングロリアス・バスターズ』のオープニングシーンで流れている音楽は、Nick Perito(ニック・ペリート)によるThe Brothers Four(ブラザーズ・フォー)の『The Green Leaves of Summer』、カバーバージョンです。
オリジナルの『The Green Leaves of Summer』はブラザーズ・フォーの代表曲で、1960年公開された西部劇『アラモ』の主題歌です。当楽曲でアカデミー歌曲賞にもノミネートされました。
今回カバーしたのはニック・ペリート、映画音楽の巨匠による編曲です。
ノスタルジックでドラマチックな主題歌と共に流れるオープニングクレジット。最近はオープニングクレジットが省略される映画も増えてきましたが、タランティーノといえばやっぱりオープニングですね!
前置き無しに流れる『The Green Leaves of Summer』とオーソドックスでクラシカルなクレジット画面が、郷愁を誘います。この曲はテキサス独立戦争の戦いを描いた西部劇『アラモ』の主題歌として大ヒットしました。
バイオレンスな復讐劇でありつつも、メッセージ性の強い作品である『イングロリアス・バスターズ』。タランティーノの気概を感じるオープニング曲ですね!
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第1章 ナチ占領下のフランス、冒頭のシーン
Ennio Morricone - The Verdict
『イングロリアス・バスターズ』第1章ナチ占領下のフランス、一家がナチスの襲来に気付くシーンで流れている音楽は、Ennio Morricone(エンニオ・モリコーネ)の『The Verdict』という楽曲です。
『The Verdict』は1967年セルジオ・ソリーマ監督の西部劇『復讐のガンマン』のために作られた曲です。エンニオ・モリコーネによる前衛的な挿入曲が高く評価されました。
映画開始直後、のどかなフランス片田舎の風景…かと思いきやナチスの襲来に慌てふためく様子から、何か良くない事が起きそうな雰囲気がら伝わるこのシーン。状況が掴めないながらも、一気に緊張感が増してきますね。
舞台となった1941年のフランスはナチス・ドイツにフランスが占領された1年後で、ヒトラーの影響下に置かれた厳しい時代です。作品内でも描かれているように、フランス系ユダヤ人の多くも迫害されました。
ベートーヴェンのピアノ曲「エリーゼのために」を大胆にアレンジした『The Verdict』は、マカロニウエスタンを代表する監督の一人、セルジオ・ソリーマの代表作『復讐のガンマン』からの一曲です。オリジナルの映画ではクライマックスの重要なシーンで使われています。
第1章 ショシャナの家族が殺されるシーン
Ennio Morricone - L'incontro Con La Figlia
『イングロリアス・バスターズ』第1章のショシャナの家族が殺されるシーンで流れている音楽は、Ennio Morricone(エンニオ・モリコーネ)の『L'incontro Con La Figlia』という楽曲です。
作曲者は前曲に続きエンニオ・モリコーネです。伊・ローマ生まれのモリコーネは、当時人気絶世期だったマカロニウエスタン作品の映画音楽作曲家として、世界中に名を知られる存在となりました。『L'incontro Con La Figlia』は1965年の西部劇『続・荒野の1ドル銀貨』の挿入曲です。
時計の音がイヤに響く家の中、ユダヤ人をネズミに例える演説をし終えたランダ大佐が家主を追い詰めたシーンで流れ始めるのがこの『L'incontro Con La Figlia』。神経を逆撫でするストリングスがより一層不穏な空気を濃くします。
さて、実はこの第1章にフランスを代表する女優レア・セドゥが出てるって気付きましたか?ショシャナを匿っていたフランス人一家の娘役です。
ランダ大佐役のクリストフ・ヴァルツとレア・セドゥ、のちに『007 スペクター』で再び共演を果たします。007のクライマックスでヴァルツがセドゥに言う「小さい頃に会った」というのは『イングロリアス・バスターズ』へのオマージュらしいですよ!
第2章 ヒトラーがバスターズに襲われた生存者に会うシーン
Charles Bernstein - White Lightning
『イングロリアス・バスターズ』第2章のヒトラーがバスターズに襲われた生存者に会うシーンで流れている音楽は、Charles Bernstein(チャールズ・バーンスタイン)の『White Lightning』という楽曲です。
第2章 レイン中尉が鉤十字を刻むシーンから第3章冒頭にかけてのシーンでも同楽曲が使われています。
『White Lightning』はバート・レイノルズ主演のクライムアクション映画『白熱』(1973)のメインテーマです。タランティーノの人気作品『キル・ビル』でも使われている事で知られています。
『キル・ビル』ではRZA版が、『イングロリアス・バスターズ』ではオリジナルが使われています。
ヒトラーの前にバスターズの襲撃から生き逃れたという兵士がやってくるシーンで流れる『White Lightning』。この系統のギターサウンド、とってもタランティーノらしいですよね!
『White Lightning』がテーマ曲として使われた映画『白熱』はバート・レイノルズ主演のクライムアクション映画です。弟を殺された男の復讐劇の話で、タランティーノが偏愛している西部劇の一つでもあります。
数々の西部劇で活躍したあと『ブギーナイツ』でアカデミー賞を受賞したバート・レイノルズは、タランティーノの最新作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』に出演予定でしたが、残念ながら撮影前に心臓発作で亡くなってしまいました。
第2章 バスターズがドイツ兵を捕虜にしたシーン
Ennio Morricone - Il Mercenario (Reprisa)
『イングロリアス・バスターズ』第2章のバスターズがドイツ兵を捕虜にしたシーンで流れている音楽は、Ennio Morricone(エンニオ・モリコーネ)の『Il Mercenario (Reprisa)』という楽曲です。
再びエンニオ・モリコーネによる挿入曲です。この曲は『続・荒野の用心棒』や『殺しが静かにやって来る』で知られるセルジオ・コルブッチ監督のマカロニウエスタン『豹/ジャガー』(1968)の挿入曲です。
タランティーノが偏愛するマカロニウエスタン、中でもセルジオ・コルブッチ監督の『続・荒野の用心棒』と『豹/ジャガー』は大好きな作品らしいです。『イングロリアス・バスターズ 』の次の監督作品『ジャンゴ』は『続・荒野の用心棒(原題:Django)』にオマージュを捧げています!
このシーンの音楽、よく聴くと繋ぎがものすごくスムーズで驚きます。『White Lightning』がフェードアウトしてから、一瞬間があるものの、いつのまにか次の曲ノ口笛が聴こえてくるのですから…流石ですね!アカデミー音響編集賞にノミネートされたのも頷けますね。
『ジャンゴ 繋がれざる者』で流れた曲をシーンごとに紹介
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第2章 ヒューゴ・スティーグリッツのエピソードシーン
Billy Preston - Slaughter
『イングロリアス・バスターズ』第2章 ドイツ兵でありながら、ゲシュタポ将校を13人殺したヒューゴ・スティーグリッツのエピソードシーンで流れている音楽は、Billy Preston(ビリー・プレストン)の『Slaughter』という楽曲です。
ビリー・プレストンは、ローリングストーンズやビートルズのサポートメンバーとして知られているキーボーディストです。ビートズのドキュメンタリー映画『Get Back』でも、キーパーソンとして度々登場しています。
『スター・ウォーズ』のタイトルシーンのように、ヒューゴ・スティーグリッツの名前がロゴでばーんと映し出されるエピソードシーンで流れてくるのが『Slaughter』です。ちなみにSlaughter、意味は虐殺です。ノイジーなギターがクールです!!
この曲はビリー・プレストンのソロ曲で、ジム・ブラウン主演のブラックスプロイテーション映画のテーマ曲として書かれました。ブラックスプロイテーション映画とは、人権運動が盛んになってきた70年代アメリカでアフリカ系アメリカ人向けの映画として作られたものを指します。
映画マニアのタランティーノは度々ブラックスプロイテーション映画愛を語っています。日本ではあまり馴染みがありませんが、『黒いジャガー』や『コフィー』は有名ですね!
第2章 レイン中尉がスティグリッツを仲間に迎えるシーン
Ennio Morricone - Algiers November 1, 1954
『イングロリアス・バスターズ』第2章のアルド・レイン中尉がスティグリッツを仲間に迎えるシーンで流れている音楽は、Ennio Morricone(エンニオ・モリコーネ)の『Algiers November 1, 1954』という楽曲です。
第27回ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞したジッロ・ポンテコルヴォ監督『アルジェの戦い』のテーマ曲です。作曲はこちらもエンニオ・モリコーネです。
『アルジェの戦い』はアルジェリア独立戦争の様子を描いた戦争映画で、60年代戦争映画の傑作と言われています
ブラット・ピット演じるアルド・レイン中尉がナチハンターのプロにならないかとドイツ兵のスティグリッツを仲間に迎え入れるシーンで流れてくるのが『Algiers November 1, 1954』です。戦争映画『アルジェの戦い』のテーマ曲なだけあり、軍隊マーチ調の小太鼓が印象的で好きね!
ちなみにレイン中佐の変わった話し方は米南部・テネシーのアクセントだそうです。いわゆるヒルビリーのアクセント、山間部に住む田舎訛りのようなイメージなので、見ての通り、クセが強いキャラクターと思って良いみたいですよ!
第2章 バットでドイツ軍兵士を殴り殺すシーン
Ennio Morricone - The Surrender (La Resa)
『イングロリアス・バスターズ』第2章のユダヤの熊ことドニー軍曹がドイツ兵をバットで殴り殺すシーンで流れている音楽は、Ennio Morricone(エンニオ・モリコーネ)の『The Surrender (La Resa)』という楽曲です。
映画冒頭、フランスでのシーンで使われた『The Verdict』と同じソリーマ監督の『復讐のガンマン』(1967)からの一曲です。
後に『ヘイトフル・エイト』でタランティーノとタッグを組むモリコーネ、今作品でもオリジナル曲のオファーを受けたものの、他の人が作った曲も一緒に使われるのは嫌だという事で断ったそうです。
ユダヤ人による復讐劇という事で、テイストの近い西部劇の音楽がこれでもか!と言うほど引用されていますね。今回は冒頭と同じ『復讐のガンマン』からの一曲、『The Surrender (La Resa)』です。題名の意味は「降伏」です。
「熊」というあだ名の通り、暗い穴からバットを持って出てくるのが面白いですね。ユダヤの熊ことドニー軍曹を演じるイーライ・ロスはタランティーノの盟友として知られ、今作品を書く上で、ユダヤ系アメリカ人の彼がタランティーノにユダヤ人の想いや考えなどを伝えたそうですよ!
第3章 ショシャナとフレデリックが会った夜のシーン
Gianni Ferrio - One Silver Dollar (Un Dollaro Bucato)
『イングロリアス・バスターズ』第3章のショシャナがフレデリックと話した夜〜カフェで再開するシーンで流れている音楽は、Gianni Ferrio(ジャンニ・フェッリオ)の『One Silver Dollar (Un Dollaro Bucato)』という楽曲です。
ジャンニ・フェッリオはイタリアの国民的作曲家で、テレビ音楽や映画音楽、カンツォーネ(イタリア歌謡曲)などを数多く手掛けました。『One Silver Dollar (Un Dollaro Bucato)』はマカロニウエスタンの名作『荒野の1ドル銀貨』(1965)の挿入曲です。
第1章から4年、家族を惨殺されたショシャナは、フランスで偽名を使い映画館を経営していました。未だドイツ支配下のフランス、ナチスのプロパガンダ映画公開準備をしているショシャナの心中は計り知れません…。
そんなシーンで流れてくるのがこの『One Silver Dollar (Un Dollaro Bucato)』、家族を殺されたある男の復讐劇を描いたマカロニウエスタンの傑作『荒野の1ドル銀貨』の挿入曲です。
ブラスのイントロダクションに続くどこか切ないメロディーは、ショシャナの孤独さと強さを表しているようですね。
第3章 ドイツ兵が車でショシャナを連れ去るシーン
Charles Bernstein - Hound Chase
『イングロリアス・バスターズ』第3章でドイツ兵がショシャナを車で連れ去るシーンで流れている音楽は、Charles Bernstein(チャールズ・バーンスタイン)の『Hound Chase』という楽曲です。
こちらも前出の『White Lightning』同様1973年公開の映画『白熱』からの引用です。チャールズ・バーンスタインはアメリカ人映画音楽作曲家として知られています。彼が手がけた最も有名な映画はホラー映画の金字塔、『エルム街の悪夢』です。
歴史がよくわからなくても、ここまで来るとなんとなく背景がつかめてきますよね。ユダヤ人である事を隠し、フランス人として生活しているショシャナのところに、ドイツ兵2人がやってきたシーンで『Hound Chase』が流れてきます。
まるでジョーズのような危機感を煽る音楽に、ドイツ兵のコソコソ話がドキドキさせますね。ドイツ語・フランス語・英語が入り混じる今作品では、それぞれのコミュニケーションがスムーズではないのも見どころのひとつです。緊迫感あるシーンで通訳が入るまで何を言っているのかわからない…時々挟まれるそんな演出がより一層緊張感を増しますね!
第3章 ショシャナがドイツ軍のディナーに招かれたシーン
Riz Ortolani - Al Di Là Della Legge
『イングロリアス・バスターズ』第3章のショシャナがドイツ軍のディナーに招かれたシーンで流れている音楽は、Riz Ortolani(リズ・オルトラーニ)の『Al Di Là Della Legge』という楽曲です。
『Al Di Là Della Legge』はリー・ヴァン・クリーフ主演のマカロニウエスタン『風の無法者』(1968)の挿入曲です。作曲者であるリズ・オルトラーニは『食人族』や『世界残酷物語』などイタリアカルト映画のサントラを数多く手がけ、映像とはかけ離れた美しい音楽で話題を呼びました。
『世界残酷物語』の主題歌『モア』はアカデミー主題歌賞にもノミネートされ、日本でも度々演奏されています。
車での連行、行き先はドイツ軍のディナーでした。ショシャナに好意を抱いているドイツ兵フレデリックが呼びつけたようですが…戦争の英雄として知られる彼も、既に普通の感覚を持っていないというのをよく表すエピソードですね…。
優雅なレストランのBGMとして流れていのは『Al Di Là Della Legge』の挿入曲です。控えめでリバーブの効いたギターが綺麗な曲ですが、こちらもキッチリ西部劇の挿入曲から引用しています!
ここで登場するゲッベルス宣伝大臣は実在の人物です。ヒトラーの右腕として知られ、プロパガンダ映画制作を始めとする宣伝を担当しナチスドイツを牽引しましたが、ナチス崩壊と共にヒトラーが自殺した数日後、家族と無理心中しその生涯を終えました。
第3章 ラング大佐とショシャナの再会シーン
Charles Bernstein - Bath Attack
『イングロリアス・バスターズ』第3章のショシャナがドイツ軍のディナーに招かれたシーンで流れている音楽は、Charles Bernstein(チャールズ・バーンスタイン)の『Bath Attack』という楽曲です。
チャールズ・バーンスタインをホラー映画音楽作曲家として有名にした一作目『エンティティ/霊体』の挿入曲です。チャールズ・バーンスタインは、この映画のサウンドトラックでサターン音楽賞にノミネートされました。
家族を虐殺したラング大佐との再会シーンで流れてくるのはホラー映画『エンティティ』の挿入曲です。もう、ぴったりですよね!絶叫したくなるような恐怖シーンです。
飲み物にミルクを勧めたり、クリームたっぷりの食事など、確実に揺さぶりを掛けてくるラング大佐…料理までもがグロテスクに見えてくるのが凄いですね…。
ランダ大佐役のクリストフ・ヴァルツは今作品でカンヌ国際映画祭男優賞、ゴールデングローブ賞助演男優賞、そして第82回アカデミー賞助演男優賞を受賞しました!納得です!
第3章 ショシャナが映画館爆破計画を告げるシーン
Jacques Loussier - Claire’s First Appearance
『イングロリアス・バスターズ』第3章のショシャナが映画館爆破計画を告げるシーンで流れている音楽は、Jacques Loussier(ジャック・ルーシェ)の『Claire’s First Appearance』という楽曲です。
ジャック・ルーシェはJ.S.バッハのピアノ作品をジャズアレンジして演奏する異色のフランス人ピアニストです。また、100本以上の映画音楽を制作したことでも知られていて、『Claire’s First Appearance』は『戦争プロフェッショナル(原題:Dark of the Sun)』からの一曲です。
ドイツ軍を見送って帰ってきたショシャナを恋人の映写技師マルセルが心配そうに出迎えるシーンで『Claire’s First Appearance』が流れ出します。重い足取りのようなリズムとドラマチックなブラスメロディーの対比が決然と帰ってきたショシャナの姿に重なります。
ドイツ軍を見送ってからのショシャナの堂々とした力強さ…かっこいいですね。よく見れば、開襟シャツもスタイリッシュで美しく、パルプフィクションのミアを彷彿させます!
第4章 スティーグリッツがナイフを研ぐシーン
Jacques Loussier - The Fight
『イングロリアス・バスターズ』第4章のスティーグリッツがナイフを研ぐシーンで流れている音楽は、Jacques Loussier(ジャック・ルーシェ)の『The Fight』という楽曲です。
前曲と同じくジャック・ルーシェの『戦争プロフェッショナル(原題:Dark of the Sun)』(1968)からの一曲です。『戦争プロフェッショナル』は、カラー映画の先駆け『黒水仙』や『赤い靴』でアカデミー撮影賞を受賞したジャック・カーディフが監督した戦争映画です。
イギリスからやってきたヒコックス中尉とドイツ軍にいながらゲシュタポ将校を殺害したスティーグリッツ…洗練されたエリート軍人と寡黙で不気味な軍人、その対比だけで面白いシーンですね!
ここで流れてくるのがジャック・ルーシェの『The Fight』、イギリス傭兵映画『戦争プロフェッショナル』からの引用です。フランスを代表する異色のピアニストとイギリスを代表する映画界の巨匠ジャック・カーディフがタッグを組んだ作品をわざわざ使ったのは意図的なんでしょうか…ちなみに、このシーンの前に出てきたイギリス首相、チャーチル役は『戦争プロフェッショナル』の主役、ロッド・テイラーが務めました!
第4章 ハマーシュマルクが地下の酒場でゲームに興じるシーン1曲目
Zarah Leander - Davon Geht Die Welt Nicht Unter
『イングロリアス・バスターズ』第4章のイギリスのスパイでドイツ映画の女優ハマーシュマルクが地下の酒場でゲームに興じるシーンで流れている音楽の1曲目は、Zarah Leander(ツァラー・レアンダー)の『Davon Geht Die Welt Nicht Unter』という楽曲です。
ツァラー・レアンダーは第二次世界大戦中ドイツで活躍したスウェーデン人女優です。ナチスが制作した恋愛映画で商業的にも最も成功した映画『大いなる愛(原題: Die große Liebe)』の主演女優として人気を博しました。
『Davon Geht Die Welt Nicht Unter(訳:これで世界がおわるわけじゃない)』は同映画内で披露した歌のひとつで、当時の流行歌となりました。
舞台が一転して賑やかな飲み屋のシーン、ハマーシュマルクがゲームに興じるシーンで流れているのが『Davon Geht Die Welt Nicht Unter』です。
作中でも語られるように、この頃のナチスドイツはプロパガンダ映画だけでなく、ドイツ人による良質な映画制作に力を入れていました。中でも山岳映画は実際に名作も多いと言われています。
スウェーデン出身のツァラー・レアンダー主演の『大いなる愛』は、ナチス政権下で作られた映画の中で最も商業的に成功した恋愛映画です。ドイツで非常に人気の高かったツァラー・レアンダー、自身は生涯否定し続けましたがスパイだったのではないかとも言われています…ドイツで生きる外国人にとっては厳しい時代ですね。
第4章 ハマーシュマルクが地下の酒場でゲームに興じるシーン2曲目
Lilian Harvey und Willy Fritsch - Ich Wollt', Ich Wär Ein Huhn
『イングロリアス・バスターズ』第4章のイギリスのスパイでドイツ映画の女優ハマーシュマルクが地下の酒場でゲームに興じるシーンで流れている音楽2曲目は、Lilian Harvey & Willy Fritsch(リリアン・ハーヴェイ)の『Ich Wollt', Ich Wär Ein Huhn』という楽曲です。
『Ich Wollt', Ich Wär Ein Huhn(訳:私が鶏だったらいいのになぁ)』は1936年ドイツで作られた『ラッキーキッズ』というラブコメ映画の挿入歌です。リリアン・ハーヴェイはナチス嫌いで知られたドイツ人女優で、フランス軍に従軍する役を演じた事から1943年にドイツ市民権を剥奪されました。
ハマーシュマルクがゲームに興じるシーンで流れてくる曲の2曲目が『ich wollt ich wär ein huhn』です。
実は、第2章でショシャナがゲッベルス宣伝大臣らを劇場に招いた際に『ラッキーキッズ』についての話をするシーンがありました!感想を求められたショシャナが「リリアン・ハーヴェイが良かった…」と言ったところ、ゲッベルス宣伝大臣が「その名を口にするな!」と激昂していましたね。
リリアン・ハーヴェイはナチスが政権を取る以前から世界的に女優として活躍していたため、ナチスに批判的な態度をとる事が出来る立場でした。そのため、ハリウッド映画でナチスに反する態度の役柄を演じたりする事が多く、国外追放された…という背景があります。
第4章 ハマーシュマルクとバスターズが作戦について話し合うシーン
Jacques Loussier - Main Theme From Dark of the Sun
『イングロリアス・バスターズ』第4章のハマーシュマルクとバスターズが作戦について話し合うシーンで流れている音楽は、Jacques Loussier(ジャック・ルーシェ)の『Main Theme from Dark of the Sun』です。
再びジャック・ルーシェの『戦争プロフェッショナル(原題:Dark of the Sun)』(1968)からの引用です。満を持してテーマ曲が使用されています。クラシック音楽のジャズ・アレンジ演奏で知られるジャック・ルーシェらしく、小気味よいピアノとハープシコードによるアンサンブルが特徴的な曲です。
なんとか酒場を抜け出し、次の作戦に向けて会議をするシーンで流れ出すのが『戦争プロフェッショナル』のテーマ曲です。兵士の足音のような一定のリズムに、複雑なリズムのテーマが絡み合うこの曲は、混沌としたこの状況にぴったりですね!
今作品で初タランティーノ作品出演を果たしたブラッド・ピットは、タランティーノ同様かなりの映画好きとして知られています。互いに念願だったタッグで相性の良さを確認した二人は、10年後の2019年に再びタッグを組み『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』を製作、見事ブラッド・ピットに初アカデミー賞受賞をもたらしました!
第5章冒頭 「国家の誇り」プレミア上映前のシーン
David Bowie - Cat People (Putting Out Fire)
『イングロリアス・バスターズ』第5章冒頭の「国家の誇り」プレミア上映前、ショシャナの回想シーンからドレスアップして劇場に繰り出すシーンで流れている音楽は、David Bowie(デビッド・ボウイ)の『Cat People (Putting Out Fire)』です。
『スペイス・オディティ』や『世界を売った男』などの代表曲で知られる20世紀を代表するポップスター、デビッド・ボウイ。架空のロックスター「ジギー・スターダスト」として山本寛斎の衣装に身を包み、派手なメイクアップをして活動していたことでも有名です。
『Cat People (Putting Out Fire)』は映画『キャット・ピープル』の主題歌として書かれた曲で、ボウイの大ヒットアルバム『レッツ・ダンス』に収録されています。
第5章冒頭から長尺で流れるのがボウイの名作『キャット・ピープル』です。ショシャナがボウイの曲に合わせてメイクアップしていく様は本当に美しいですね!ショシャナの覚悟を感じ、クライマックスへと気持ちが加速していきます!
この曲が主題歌として使われた映画『キャット・ピープル』の主演はドイツ人女優ナスターシャ・キンスキー。当初ハマーシュマルク役として彼女がオファーされていたそうですが交渉不成立だったそうです…。
可憐で美しいナスターシャ・キンスキーがタランティーノ映画に出ているところ、観てみたかったですね!
第5章 ランダ大佐がバスターズを連れたハマーシュマルクを見つけたシーン
Ennio Morricone - Mystic and Severe
『イングロリアス・バスターズ』第5章 ランダ大佐がバスターズを連れたハマーシュマルクを見つけたシーンで流れている音楽は、Ennio Morricone(エンニオ・モリコーネ)の『Mystic and Severe』です。
再びエンニオ・モリコーネによるマカロニ・ウエスタンのサウンドトラックからの引用です。『Mystic and Severe』はリー・ヴァン・クリーフ主演『新・夕陽のガンマン/復讐の旅(原題:Da uomo a uomo)』(1967)からの一曲です。
恐ろしいランダ大佐登場で流れてくるのは『Mystic and Severe』、再びマカロニウエスタンの音楽です。悪役登場、といったような音楽でドキドキしますね!ナチス親衛隊のランダ大佐とイギリスのスパイ、ハマーシュマルクとバスターズ達の会話が始まるところで音楽がフェードアウトするのも効果的です。
※以下ネタバレあり※
まさかのイタリア語も堪能なラング大佐、度胸だけで乗り切るバスターズとの会話はもはやコメディです!名前の練習までさせられて…スリリングでコミカルな名シーンです!
第5章 バスターズのドニー達が劇場に入ったシーン
Davie Allan & the Arrows - The Devil's Rumble
『イングロリアス・バスターズ』第5章、バスターズのドニー達が劇場に入ったシーンで流れている音楽は、Davie Allan & The Arrows(デビー・アラン&アローズ)の『The Devil's Rumble』です。
Davie Allan & the Arrowsは、ギタリストのデビー・アランとそのバックバンドグループです。大ヒットバイク映画『ワイルド・エンジェル』(1966)のサウンドトラックを手がけ、一躍有名になりました。
『The Devil's Rumble』は『ワイルド・エンジェル』の後続作品、ジョン・カサヴェテス主演のバイク映画『Devil's Angels』からの一曲です。
タランティーノにしてはコメディ要素少なめの今作品。そんな数少ないコミカルなシーンの一つ、ユダヤの熊の異名を持つドニー達がイタリア人のふりをして劇場の座席を探すシーンで流れてくるのが『The Devil's Rumble』です。当たり前ですが、客席全員ドイツ軍兵で…よりによって劇場真ん中ブロックのど真ん中、既に着席したドイツ兵の前を通らないと座れない座席でした…!この状況、映画館でも気まずいですよね…。
サーフロック好きのタランティーノ、ここでようやくサーフロックを使います!アメリカンニューシネマの傑作『イージーライダー』にも影響を与えたと言われる60年代バイク映画からの引用です。ノイジーなギターがクールですね!
第5章 バスターズのドニーとオマーが映画を退席するシーン
Rare Earth - What’d I Say
『イングロリアス・バスターズ』第5章、バスターズのドニーとオマーが映画を退席するシーンで流れている音楽は、Rare Earth(レア・アース)の『What’d I Say』です。
R&Bやソウルのレーベルとして名高いモータウン初のロックレーベル『レア・アース』に所属していたロックバンドがレア・アースです。白人5人によるソウル・ロックグループとしてデビューし、『ゲット・レディー』のカバーで大ヒットを飛ばしました。
今回はレイ・チャールズの名曲『What’d I Say』をレア・アースがカバーしたものが使われています。7分あまりの長い曲ですが、6分過ぎのインストの部分からの抜粋です。
映画を退席するドニーとオマー、ショシャナと映写技師マルセルの別れのシーンで流れるのがレア・アースの『What’d I Say』です。リズムカルなパーカッションが耳に残りますね!
実はこの『What’d I Say』、先述したように7分以上ある楽曲のアウトロの部分のみを使用しています。肝心な中身はレイ・チャールズの名曲『What’d I Say』のカバーです。レイ・チャールズの自伝映画『Ray/レイ』でも重要な一曲として取り上げられていました。
第5章 映写技師マルセルが劇場の出口を塞ぎスクリーンの裏に回り込んだシーン
Elmer Bernstein - Zulus
『イングロリアス・バスターズ』第5章の映写技師マルセルが劇場の出口を塞ぎスクリーンの裏に回り込んだシーン流れている音楽は、Elmer Bernstein(エルマー・バーンスタイン)の『Zulus』です。
エルマー・バーンスタインは『ゴーストバスターズ』や『荒野の七人』で知られるアメリカの映画音楽作曲家です。1967年ミュージカル映画『モダン・ミリー』でアカデミー作曲賞を受賞しました。『ウエストサイド物語』のレナード・バーンスタインとの血縁関係はありません。
『Zulus』はダグラス・ヒコックス監督による戦争映画『ズールー戦争』(1979)からの一曲です。
緊迫感と重厚感がある『Zulus』が流れるのは映写技師マルセルが作戦に向けて動き出したシーン、短いですが非常に印象的なシーンです。音楽が盛り上がってきたところで、唐突にぷつり!と切れて場面が変わるのも効果的ですね!
そういえば、「当時のフィルムは燃えやすかった」という説明が第2章で挟まれましたが、そのナレーションはタランティーノの盟友サミュエル・L・ジャクソンでした!クレジットがないので、見逃してしまいますが、よく聞くと彼の特徴的なアクセントを楽しめますよ!
第5章 フレデリックがショシャナに会いにきたシーン
Lalo Schifrin - Tiger Tank
『イングロリアス・バスターズ』第5章のフレデリックがショシャナに会いにきたシーンで流れている音楽は、Lalo Schifrin(ラロ・シフリン)の『Tiger Tank』です。
ラロ・シフリンは『ダーティハリー』や『燃えよドラゴン』の映画音楽で知られるアルゼンチン出身の作曲家です。『スパイ大作戦』(ミッション・インポッシブル)のテーマは日本でもよく知られていますね。
『Tiger Tank』はクリント・イーストウッド主演の戦争コメディ映画『戦略大作戦』(1970)からの一曲です。
※ネタバレ有り※
強引なフレデリックがショシャナに会いにきたシーンで流れるのがこの『Tiger Tank』です。作戦を知っている側からすれば、最悪のタイミングです…。戦争の英雄として祭り上げられたフレデリック、本性を暗示させるような音楽とも言えますね。
ミッション・インポッシブルの作曲家、ラロ・シフリンが作っただけあり、ハラハラドキドキするシーンにぴったりの音楽ですね!
ショシャナ役のメラニー・ロラン、フランス系ユダヤ人女優で今では監督としても活躍しています。そんな彼女のハリウッド進出作品がこの『イングロリアス・バスターズ 』です。ユダヤ人としてとても共感できる作品だったとコメントしています。
第5章 ショシャナがフレデリックに撃ち殺されるシーン
Ennio Morricone - Un Amico
『イングロリアス・バスターズ』第5章、ショシャナがフレデリックに撃ち殺されるシーンで流れている音楽は、Ennio Morricone(エンニオ・モリコーネ)の『Un Amico』です。
エンニオ・モリコーネ作曲の『Un Amico』は、セルジオ・ソリーマ監督のマカロニウエスタン『非情の標的(原題: La Poursuite implacable)』(1973)のテーマ曲です。初期のモリコーネの映画音楽の中でも高く評価されています。
フレデリックを撃ったショシャナ、倒れている彼に思わず近付き隠し持っていた拳銃で撃ち殺されるシーンで流れてくるのが『Un Amico』です。美しいメロディが無念さを増させますね…。
第4章の酒場のシーンでもそうですが、全編を通してドイツ兵の狡猾さがよく描かれています。フレデリックが終始好青年風なのがまた癇に障りますね。
タランティーノはこのシーンがロミオとジュリエット風でロマンチックだと大層気に入っていたそうですよ!
第5章 バスターズのドニー達がガードマンを殺したシーン
Ting Yat Chung - Eastern Condor
『イングロリアス・バスターズ』第5章、バスターズのドニー達がガードマンを殺したシーンで流れている音楽は、Ting Yat Chung の『Eastern Condor』です。
香港映画『イースタン・コンドル』からの引用です。『燃えよデブゴン』シリーズで人気のサモ・ハンが監督したベトナム戦争映画で、過激なバイオレンスシーンで公開当時の評判は低かったものの、戦争の悲惨さを書いた香港映画としてカルト的人気の高い作品です。
ドニーとオマーによる襲撃シーンで流れるノリの良い音楽は香港映画『イースタン・コンドル』の挿入曲です。あまりに短い引用ですが、武闘派アクションシーンにはもってこいの曲ですね!
CG嫌いで知られるタランティーノ、ここからの殺戮シーンも一切CGを使わず撮影したそうです。思ったよりも激しく燃えてしまい、セット内の温度は1200度まで上昇し、鉤十字を固定していたスチールケーブルが溶けてしまったそうですよ!熱さのおかげか、ドニーとオマーの銃乱射も見応えバッチリです!
エンディングソング
Ennio Morricone - Rabbia e Tarantella
『イングロリアス・バスターズ』第5章、ラング大佐の額にレイン中尉が鉤十字を掘るシーンからエンディングで流れている音楽は、Ennio Morricone(エンニオ・モリコーネ)の『Rabbia e Tarantella』です。
『Rabbia e Tarantella』はイタリア人映画監督のタヴィアーニ兄弟によって作られた『気高い兄弟』(1974)のテーマ曲です。
タヴィアーニ兄弟はカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した『父 パードレ・パドローネ』(1977)やベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞した『塀の中のジュリアス・シーザー』(2012)で知られています。
※ネタバレ有り※
軍服を脱ぎ、アメリカの保護の下のうのうと生きようとしていた狡猾なラング大佐の額にレイン中尉が鉤十字を刻むシーンで『Rabbia e Tarantella』が流れ、そのまま復讐劇は幕を閉じます。
『名誉なき野郎ども』という題名の通り、目には目をとでも言うような残虐な仕打ちで復讐するバスターズ、レイン中尉役のブラット・ピットとドニー役のイーライ・ロスの笑顔がたまらないですね!!
締めくくりはモリコーネによる『Rabbia e Tarantella』。直訳すると「悪と舞踏」といった意味になり、西部劇的な余韻をさらに増してくれますね!
筆者の感想
タランティーノ監督が長い期間掛けて執筆した『イングロリアス・バスターズ 』。不必要な会話の応酬や残虐な暴力シーンなど、いつものタランティーノ節は抑え気味ですが、それにより正統派復讐劇に仕上がっています。
とはいえ、ユダヤ人女性によってヒトラーとゲシュタポ高官が殺された…のは史実と異なるというのは誰もが知っているところ。そんな荒唐無稽な結末を娯楽として上手く描ききった一種の『反戦映画』です。
主に60年代〜70年代の西部劇のサウンドトラックからチョイスされた挿入曲、曲が目立つシーンはないものの『劇伴』という言葉がしっくりくるほど場面を盛り上げてくれています。そのおかげか2時間越えの超大作ですが、あっという間に感じます!
タランティーノファンだけでなく、アクション好きや歴史好きにもおすすめの一作です。
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