2021年9月3日公開の映画『アナザーラウンド』
第93回アカデミー賞国際長編映画賞受賞、監督賞ノミネートを果たした『アナザーラウンド(原題 Drunk)』。ドラマ『ハンニバル』や『007/カジノ・ロワイヤル』、への出演で知られるデンマークの至宝ことマッツ・ミケルセン主演のデンマーク映画です。
この記事では、映画『アナザーラウンド』で流れた音楽10曲をご紹介します。
『アナザーラウンド』で流れた曲とは?
学生たちの飲酒シーン
映画冒頭、学生たちの飲酒シーンで流れた音楽はエンディングソング『What A Life』の映画オリジナルバージョンです。こちらの音源はいまのところ見つかりませんでした。
映画ラストで流れた『What A Life』については、『マーティンのダンスシーン』からどうぞ!
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ニコライの誕生日ディナーシーン
Carl Michael Bellman - Drick ur ditt glas(Fredmans epistel No. 30)
ニコライの誕生日ディナーシーンで流れた曲は、Carl Michael Bellmanの『Drick ur ditt glas(Fredmans epistel No. 30)』です。
カール・ベルマンは1740年スウェーデン生まれの音楽家です。スウェーデンの音楽や北欧文学の基礎を築いた人物として知られています。
Drick ur ditt glasは、ベルマンの代表作品のひとつ、Fredmans epistel(フリードマンの書簡)に収められている曲です。
ニコライの誕生日を祝うのため集まった4人のディナーシーンです。ワインやシャンパン、キャビアなどお酒と食べ物の説明が具体的で一緒に味わいたくなります!(でも車で来てるという人にお酒を薦めてはいけません!)
荘厳な雰囲気のコーラス曲がながれています。字幕に出るように「あなたを待ち受ける死が剣を研ぎながら玄関先に立っている」というなんとも物騒な歌詞の歌です。ですが、調べてみたところ、「…でも、まだ少なくてもあと1年は大丈夫、だからボトルを空にするほど飲んで歌って楽しもう」という曲のようです。この映画の出だしにとってもふさわしいですね!
酔った4人が競歩で帰るシーン
Carl Michael Bellman - Hvila vid denna källa (Fredmans epistel No. 82)
酔った4人が競歩で帰るシーンで流れた曲は、Carl Michael Bellmanの『Hvila vid denna källa (Fredmans epistel No. 82)』です。
前の曲と同じくカール・ベルマンによる曲です。
Hvila vid denna källaも、ベルマンの代表作品のひとつ、Fredmans epistel(フリードマンの書簡)に収められている曲です。
マッツ・ミケルセン演じるマーティンもお酒を飲み、4人で楽しく酔いながら帰るシーンでもベルマンによる音楽がながれています。神妙な顔つきをしていたマーティンも酔うと楽しそうですね!
ベルマンのFredmans epistel(フリードマンの書簡)という曲集、実はアルコール依存症の元時計職人ショーン・フリードマンについての音楽だそうです。全82曲が飲酒についての曲だというので驚きですね!
ベルマンはスウェーデンの宮廷音楽家ですが、フリードマンの書簡はドイツやデンマークでも古くから翻訳されしたしまれていたそうです。
音楽の授業で歌う曲
Poul Schierbeck - I Danmark er jeg født
音楽の授業で歌う曲で流れた曲は、Poul Schierbeckの『I Danmark er jeg født』です。
『I Danmark er jeg født(デンマークに生まれ)』は、日本でも有名な童話作家アンデルセンが作詞した愛国歌です。
作曲者のポウル・シアベクはデンマークを代表する作曲家で、デンマークの映画監督カール・テオドア・ドライヤーの映画音楽を作曲したことでも知られています。
「常に血中アルコール濃度を0.05に保つと良い」という話から飲みながら授業をし始める4人。ディナーシーンの前で映し出された眠くなりそうな授業をしていた先生とは思えないほど生き生きした授業をしています…こんな授業だったら楽しそうですよね!
アンデルセンによって作詞された『I Danmark er jeg født(デンマークに生まれ)』は、デンマークとドイツが戦争をしていた1850年に書かれたそうです。デンマーク国家の美しさがよく表されています。
アルコール濃度をあげる話し合いのシーン
Franz Schubert - Fantasia in F Minor Op. 103, D. 940 (version for two hands)
アルコール濃度をあげる話し合いのシーンで流れた曲は、Franz Schubertの『Fantasia in F Minor Op. 103, D. 940 (version for two hands)』です。
フランツ・シューベルトはオーストリアの作曲家です。すぐれた歌曲やピアノ曲を多く残し、ロマン派といわれる作品様式を確立しました。
今回使われた『Fantasia in F Minor Op.103, D.940』の演奏はJenõ Jandó(イェネー・ヤンド)とZsuzsa Kollar(ジュジャンナ・コッラール)です。
アルコール濃度をもっとあげたら良いのでは?という話し合いをするシーンでパソコンから流れる音楽はシューベルトのピアノ連弾曲『幻想曲 』です。作中では触れられていませんが、この曲は連弾曲なので、1つのピアノで2人のピアニストが演奏します。4つの手で演奏される様子は、マーティンら4人の生活や人生そのもののようですね。
曲が流れ続ける中、酔っ払った政治家たちの映像が流れるのが、皮肉めいてて面白いですね!アルコールの怖さが少しずつ見えてくるシーンです。
マーティンがレコードで流す曲
Pyotr Ilyich Tchaikovsky - Tempest Op. 18
マーティンがレコードで流す曲で流れた曲は、Pyotr Ilyich Tchaikovskyの『Tempest Op. 18』です。
ピョートル・チャイコフスキーは19世紀を代表するロシアの作曲家です。バレエ音楽『くるみ割り人形』や『白鳥の湖』などの代表曲があります。
幻想序曲『テンペスト』Op.18はシェイクスピアの戯曲『テンペスト』に基づいて作られた演奏会用序曲です。
マーティンが自宅の部屋でお酒を飲むシーンでかけるレコードはチャイコフスキーの『テンペスト』です。ふわふわと良い気分になっているかのような音楽が流れる中、千鳥足で学校に向かう…音楽が止まるタイミングで酔いが醒めそうですね!
テンペスト(嵐)の題名の通り、今の調子のよさが嵐の前の静けさでしかないのが少し切ないですね。そうとわかっていても、生き生きと授業をしているマーティンは幸せそうですね。
ちなみに、デンマークでは酒類をお店で買えるようになるのは16歳からと法律で決められていますが、飲むこと自体は親の許可があれば何歳からでも許されているそうです!
ニコライが0.1%目指して飲むシーン
Domenico Scarlatti - Sonata in D Minor L366/K1
ニコライが0.1%目指して飲むシーンで流れた曲は、Domenico Scarlattiの『Sonata in D Minor L366/K1』です。
ドメニコ・スカルラッティはバッハやヘンデルと同じくバロック時代にイタリア・スペインで活躍した作曲家です。のちにフェルナンド6世の王妃となるマリア・バルバラのために作ったピアノ曲は現在でも多くの人に親しまれています。
酔った状態で生き生きと授業をするマーティンに影響を受け、ニコライが血中アルコール濃度0.1%を目指すシーンで流れてくる音楽がスカルラッティのピアノソナタです。軽快なタッチの音楽が次々とお酒を飲むニコライをさらに煽るかのようですね。作中で流れた演奏はピアニストのバラーシュ・ショコライによる録音です。
ニコライの授業や作中でも度々引用されるキルケゴールは『死に至る病』で知られるデンマークの思想家です。実存主義の先駆けとして大きな功績を残しました。
限界を目指して飲むシーン
The Meters - Cissy Strut
限界を目指して飲むシーンで流れた曲は、The Metersの『Cissy Strut』です。
ニューオーリンズ・ファンクの第一人者と言われるR&Bバンド、The Meters(ミーターズ)。今なお多くのファンを持つソウル・ファンクのレジェンド的存在です。
中でも『Cissy Strut』は彼らの代表曲であり、ファンクの名曲として高い評価を受けています。
ニコラスの家に集まった4人は実験をさらに進めるため、限界に挑みます。実験とはいえ、することは初めてお酒を飲んだ子供達のようです。素面だと一番まともに見えるマッツ・ミケルセン演じるマーティン、いつもなんだかんだで飲んでしまうところが面白いですね!
ここでレコードから流れる音楽が『Cissy Strut』ニューオリンズ・ファンクの定番曲、ゴダールの『はなればなれに』やジョン・カサヴェスの『ハズバンズ』を彷彿させる3人のおじさんによる自由なダンスが見どころです!
パブの客が合唱している曲
John Mogensen - Åh hvilken herlig nat
パブの客が合唱している曲で流れた曲は、John Mogensenの『Åh hvilken herlig nat』です。
ヨン・モーゲンセンは1928年デンマーク出身のシンガーソングライターです。49歳の若さで亡くなるまで多くのフォークソングを残しました。
『Så længe jeg lever』や『Fut i fejemøjet』は今でもデンマークで歌い継がれている名曲です。
パブに繰り出した4人が他の客と一緒に合唱しているのは、デンマークの国民的シンガーソングライター、ヨン・モーゲンセンの『Åh hvilken herlig nat(なんて素晴らしい夜!)』です。こんなに飲んでも酩酊状態にならないなんてすごいですね!
騒がしいシーンではありますが、マッツ・ミケルセンの生歌を堪能できる貴重なシーンです!本作品でも相変わらず渋い魅力を振り撒いているマッツ・ミケルセンですが、ほとんど飲まずに演技しているというので驚きです。
トミーのお葬式のシーン
Hans Ernst Krøyer - Der er et yndigt land
トミーのお葬式のシーンで流れた曲は、Hans Ernst Krøyerの『Der er et yndigt land』です。
『Der er et yndigt land(麗しき国)』はデンマークの国歌です。市民用国歌と言われるもので、北欧神話の女神フレイアの住む麗しき国としてデンマークを讃えています。
※以下ネタバレ注意※
トミーのお葬式でサッカーチームのメガネ君が歌い出し、チームメイト達が次々が声を揃え歌う『Der er et yndigt land(麗しき国)』。トミーが飲酒しながらサッカーチームを指導した時にもみんなで歌っていましたよね。
デンマークの市民用国歌であるこの曲は、サッカー試合の国歌斉唱でも歌われます。子供たちの心のこもった追悼に涙が溢れてきてしまいます…。
映画監督トマス・ヴィンターベアは、本作品でデビュー予定だった娘を撮影4日目に交通事故で亡くしています。そんな中作り上げたこの作品に込められた想いが伝わるシーンのひとつです。
マーティンのダンスシーン
Scarlet Pleasure - What A Life
マーティンのダンスシーンで流れた曲は、Scarlet Pleasureの『What A Life』です。
スカーレット・プレジャーは2013年デンマークで結成されたソウル/ポップバンドです。2017年にリリースされた『Deja vu』『Limbo』が世界的ヒットを記録しました。
もう何を書けば良いのかわからないくらい、素晴らしいシーンです…マッツ・ミケルセンのダンスと『What A Life』の歌詞がすべてを語ってくれます。
もともとダンサー志望だったマッツ・ミケルセン、今までとは違う一面を見せてくれるキレキレのダンスは必見です!
作中で、いくら踊れと言われても踊らなかったマーティンが想いを全てぶつけるように踊り出し駆け抜ける3分間。切なくて悲哀に満ちているはずなのに、どこか清々しくもあります。お酒を通し中年の悲哀、人生の素晴らしさを描き切った本作品のクライマックスです!
筆者の感想
中年の危機とアルコールを描いたブラックコメディ…でありつつも、壮大な人生讃歌となっている『アナザーラウンド』。
国歌やデンマークを讃える歌など、効果的にいわゆるアンセムが使われている本作品のラストを締めくくるのは人生に対する強烈なアンセムです。
友を亡くし、先は見えずの男の想いをマッツ・ミケルセンがダンスで見事昇華してくれます。
たわいのない日常が、こんなにもかけがいのないものだったのかとさりげなく気付かせてくれる素晴らしい作品です。
是非お酒を飲みながら北欧の至宝を堪能してください!