2023年1月27日公開の映画『イニシェリン島の精霊』
第80回ゴールデングローブ賞では作品賞・主演男優賞・脚本賞の3部門を受賞、第95回アカデミー賞では、主要9部門にノミネートされました。主演のコリン・ファレルは初のアカデミー主演男優賞ノミネートとなりました。
この記事では、映画『イニシェリン島の精霊』で流れた音楽11曲をご紹介します。
『イニシェリン島の精霊』で流れる曲とは?
オープニングシーン
Philip Kutev - Polegnala e Todora
オープニングシーンで流れた曲は、Philip Kutevの『Polegnala e Todora』です。
パードリックは親友コルムとパブで他愛もない話をする日課があるようで、彼の家にむかって歩いています。
『トドラは夢みる (Polegnala e Todora)』は、世界で最も人気のあるブルガリア民謡の1つです。ブルガリア国立放送合唱団を創立した作曲家、フィリップ・クテフが女声合唱用に編曲して発表したことで、広く知られるようになりました。
この曲が収録されているコンピレーションアルバム『Le Mystère Des Voix Bulgares (Volume 1)』(1975)は世界的な大ヒットを記録し、日本では1987年に『ブルガリアン・ヴォイス/神秘の声』というタイトルでリリースされました。
コルムの家で蓄音機から流れている曲
John McCormack - A Legend (Christ In His Garden)
コルムの家で蓄音機から流れている曲は、John McCormackの『A Legend (Christ In His Garden)』です。
コルムに無視され一人でパブにいったパードリックでしたが、思い直し再びコルムの家を訪れます。家の中に入り、勝手に物をいじりながら彼を探します。
『A Legend (Christ In His Garden) Op.54』は、ロシアの作曲家チャイコフスキーが、1883年に作った歌曲集『16の子供のための歌、作品54』の第5曲「聖史曲」です。その詩の内容から『薔薇の冠』というタイトルでも知られています。
今回使われた音源は、アイルランド出身のテノール歌手、ジョン・マコーマックが1940年に録音したもので、ジョン・マコーマックの全集や傑作集に収録されています。
留守中のコラムの部屋で流れている曲
Pietro Mascagni - Cavalleria rusticana - “O lola ch’ai di latti la cammisa” (Siciliana)
留守中のコラムの部屋で流れている曲は、Pietro Mascagniの『Cavalleria rusticana - “O lola ch’ai di latti la cammisa” (Siciliana)』です。
コルムに絶縁を告げられましたが、納得がいかないパードリックは懲りずにコルムの家を訪れます。
イタリアの作曲家ピエトロ・マスカーニが作った歌劇『カヴァレリア・ルスティカーナ』(1890)で前奏曲の後にテノール歌手が歌うアリアです。『ゴッドファーザー PART III』でマイケル(アル・パチーノ)の長男が、開幕前の舞台袖で歌っているのもこの曲でしたね!
『カヴァレリア・ルスティカーナ』とは「田舎の騎士道」という意味で、シチリアの山間部を舞台に、三角関係のもつれから起きる凄惨な物語が描かれた戯曲に基づいて作られています。
パブでコルムが客とセッションしている曲
Traditional - Limestone Rock
パブでコルムが客とセッションしている曲は、アイルランド民謡の『Limestone Rock』です。
アイルランドの伝統音楽『Limestone Rock』は、リール(Reel)とよばれるジャンルの舞曲で、『Tit For Tat』とも呼ばれています。
マコーミック夫人の訪問で居心地が悪くなったパードリックはパブにでかけます。店ではコルムがアイルランド音楽ではかかせないフィドル(ヴァイオリンの英語名)を弾き、客と一緒に音楽を楽しんでいました。
コルムを演じるブレンダン・グリーソンは、ハリー・ポッターシリーズでのマッドアイ・ムーディ役で知られているアイルランド出身の俳優ですが、フィドル奏者とマンドリン奏者という顔も持っているんですよ!
パブで女性客が歌う曲
Traditional - I'm a Man You Don't Meet Everyday
パブで女性客が歌う曲は、アイルランド民謡の『I'm a Man You Don't Meet Everyday』です。
アイルランドのシンガーソングライター、ラーサリーナ(Lasairfhíona)がパブの客として歌っています。
『I’m a Man You Don’t Meet Every Day』は、とても人気の高いアイルランド民謡で、裕福なアイルランドの家主がパブで傲慢に酒を飲みながら周囲の人々に語った物語がテーマになっています。
さまざまなグループによりアレンジされ、録音されていますが、なかでも1982年に結成された、ケルティック・パンクを代表するグループ、The Pogues(ザ・ポーグス)のアレンジは世界的に良く知られています。
2ndアルバム『ラム酒、愛 そして鞭の響き(Rum Sodomy & the Lash)』(1985)に『ガンマン・スチュワート』のタイトルで収録されています。
コルムが音大生とセッションしている曲
Traditional - ArEireann
コルムが音大生とセッションしている曲はアイルランド民謡の『ArEireann』です。
パブで毎日のようにコルムが音大生とセッションを楽しんでいるので、パードリックは面白くなさそうですね。
この曲は、『Ar Éirinn Ní Neosfainn Cé Hí』『For Ireland I’ll Not Tell Her Name』としても知られるアイルランド伝統音楽で、タイトルは「アイルランドのために、私は彼女の名前を明かさない」と訳されています。
ここでは、2008年にアイルランドのダブリンで結成された The High Kings(ザ・ハイキングス)のアルバム『The High Kings』に収録されたバージョンを紹介します!
泥酔したパードリックがコルムに絡むシーン
Traditional - O’Sullivan's March
泥酔したパードリックがコルムに絡むシーンで流れた曲は、アイルランド民謡の『O’Sullivan's March』です。
「警官、バイオリン弾き、そして…」嫌いなものの3つ目がどうしても出てこない。やけ酒をあおり泥酔したパードリックの様子に音大生はびっくりして演奏をやめてしまいましたね…。
『オサリヴァンズ・マーチ(O’Sullivan's March)』はジグ(jig)と呼ばれるアイルランドの伝統的な舞曲の一つです。
1962年に結成されたアイルランドの伝統音楽グループ、The Chieftains(ザ・チーフタンズ)がこの曲を録音しています。アメリカ映画『ロブ・ロイ/ロマンに生きた男』(1995)で使われています。
シボーンがベッドですすり泣くシーン
Carl Orff - Der Mond: So brachte Petrus die Toten zur Ruh’
シボーンがベッドですすり泣くシーンで流れた曲は、Carl Orffの『Der Mond: So brachte Petrus die Toten zur Ruh’』です。
マコーミック夫人がパードリックに「島に二つの死がおとずれる」という予言を伝えた夜のシーンです。
『カルミナ・ブラーナ』で知られるドイツの作曲家カール・オルフがグリム童話「月」を題材に作った童話オペラ『月』(1939年初演)の曲が使われています。オペラのベースとなったグリム童話は、月が昇らない国の4人の若者たちが、旅先で月を盗み持ち帰ったことでおこる騒動が描かれています。
ここで流れた曲は、オペラのクライマックスで語り手役のテノール歌手が歌うアリア『こうしてペトルスは死人たちを鎮め、月を掲げて天に吊るした(So brachte Petrus die Toten zur Ruh)』です。
コルムが愛犬に歌っている曲
Traditional - Aghadoe
コルムが愛犬に歌っている曲は、アイルランド民謡の『Aghadoe』です。
コルムが家の中で愛犬サミーを抱いてダンスをするシーンです。
『Aghadoe』は、1900年にアイルランドの詩人で劇作家のジョン・トッドハンターによって作られた、アイルランド反乱(1798)についての反逆のバラードです。
長いあいだイングランドの植民地とされていたアイルランドでは、この曲のような抵抗歌 (rebel song)がたくさん残っているそうです。
パードリックがロバの死因を知るシーン
Johannes Brahms - Sechs Gesänge, Op.7 : 5. Die Trauernde
パードリックがロバの死因を知るシーンで流れた曲は、Johannes Brahmsの『Sechs Gesänge, Op.7 : 5. Die Trauernde』です。
帰宅したパードリックは、ロバのジェニーが倒れているのをみつけます。ジェニーは投げ捨てられていたコルムの指を誤飲してしまったのです…。
ドイツの作曲家ブラームスがドイツ民謡の詩を題材にして作った『6つの歌、作品7』の第5曲『Die Trauernde(悲しみに沈む娘)』です。
アフリカ系アメリカ人のソプラノ歌手、ジェシー・ノーマンとダニエル・バレンボイムによる1983年の録音が使われています。
エンディング
Johannes Brahms - Sechs Gesänge, Op.7 : 3. Anklänge
エンディングで流れた曲は、Johannes Brahmsの『Sechs Gesänge, Op.7 : 3. Anklänge』です。
パードリックが、コルムの家に火をつけるシーンからエンディングにかけて流れています。
ブラームスが1854年に出版した『6つの歌、作品7』の曲がここでも使われています。第3曲『Anklänge(余韻)』は、ドイツの後期ロマン派の詩人、アイヒェンドルフの詩が使われていて、森の中に孤立した家で、少女がウェディングドレスの糸を紡いでいる様子が描かれています。
ここでは、ドイツ生まれのソプラノ歌手、ユリアーネ・バンゼの演奏が使われていて、1999年にリリースされた『Lieder (Complete Edition Vol. I)』に収録されています。